これはMさんが和歌山県W市で体験した話です。
私が20歳の時に体験した出来事だ。
当時私は県外の学校に通うため、毎朝5時頃にW市駅まで自転車に乗って行く必要があった。
いつものように自転車で、川に架かる橋を渡っていたのだが、その日は1メートル先も見えないほどの濃霧だった。
橋の真ん中あたりで、自分の右側に誰か居るような気配がするのだが、視線を向けると数メートル先も見えないくらいの濃い霧で真っ白に見えるだけで、隣には誰もいないのだ。
隣は橋の欄干で人が通るスペース自体無いので当たり前なのだが、欄干の外側で誰かがずっとついてきている気がする。
時折対向してくる人影があり、ホッとするのだが少し進むとまた霧の中に私が一人歩いていると錯覚してしまい、何故か不安に襲われる。
ふっ…と、急に自転車のライトが消え始めたかと思うとまた付いたり、そんな気持ち悪い現象が起き始めた。
さっさとこんな所から去ろうと自転車を力強く漕ぎ始めた矢先、さらに霧が一層濃くなり一旦自転車から降りた。
方向感覚を失うくらい濃い霧の中、どうしようかと心細く立ち止まったとき、橋の欄干に手の様なものが見えた。
それは橋の外から欄干を握っているように見えるのだが、この橋の遥か下には大きな川が流れているだけで、とても人が掴まれるような高さではない。
怖くて怖くて足が震えて、立ちすくんでいた私に、対向側から自転車を押して歩いてきた高齢の男性が、
『下見たらあかん!引き込まれるで!』
といい鈴を大きく鳴らして駆け寄って来てくれた。
橋から伸ばされた手はいつの間にかなくなっていました。その後、男性は
『こんな日は悪さしよるのがおるからな、気をつけなあかん』
と言い、去って行った。
今思い出しても、あの時あの男性がいなかったら、と思うとゾッとする。