百九十二夜目『動く影』
これはHさんが東京都A区で体験した話です。
私が高校生の頃、A区にある友達の家に泊りに行った時の話です。その日は友達のお宅でご飯をごちそうになり、そのままその子の家に泊りました。
友達と深夜まで女子トークを楽しんで、夜中の1時ごろにそろそろ休もうかということで電気を消しました。
しかし私は、枕が合わないのかなかなか寝付けませんでした。
それから2時間ぐらい経ったころでしょうか。黒い人影がごそごそと部屋の隅で動いているように見えました。友達がトイレにでもいくのかな…と思ったのですが、次の瞬間、その影はドアとは反対方向に向かい、ちょうど窓の方へ歩いていきました。
何をするんだろうか?ちょっと不可解な行動に恐ろしさを覚えましたが、影はそのまま窓を通り抜けていったのです。
窓はもちろん閉じており、部屋は2階にありましたが防犯上鍵も閉めていたはずです。
暗がりだったので正直はっきりと見えなかったのですが、とにかく影のような人間の形をしたものが窓をすり抜けていったのです。
恐る恐る横を見ると、影の正体だと思っていた友達はそのままそこに寝ていました。
ではあの影はなんだったんだろう?
夢でもみたのか、私はそう思うことにして無理やり目を閉じ、気が付いたら朝になっていました。
きっと慣れない枕のせいで変な夢をみたんだな…と、そう思うことにしたのです。
しかし、朝食をとりながら友達が意味深な事を言いました。
「昨夜、何もなかった?」
わたしは、とっさにあの変な影を思い出しました。
「もしかして、変な影…見た?」
私は黙って頷きました。
「ごめんね。私は見たことないんだけど、霊感のある妹が何度も見たって言ってて…変な影が部屋を通り過ぎていくみたいで…」
まさに私が見たのと同じ光景です。
友達が言うには、隣に廃工場があり、そこで昔不慮の事故があって亡くなった方がいたそうです。
友達の家はちょうどその廃工場の食堂に面しており、工場が閉鎖された後も食堂に人影が見えたり、青白い光が点滅するような不思議な現象が頻発していたそうです。
その食堂から幹線道路に抜ける近道がちょうどその子の家に当たるようで、もしかしたらその亡くなった方が家に帰ろうとして行ったり来たりしているんじゃないか?と友達は言っていました。
「ごめん。私はみたことないから、半信半疑だったし…。あんまり変なこというと遊びにきてくれないかな…と思って、言えなかった」
友達は平謝りしてくれました。
その後、その工場は取り壊しになったそうですが、壊す際にしっかりお祓いをしたようで、数年後に友達に話をきいたときには、もう妹さんもあの影を見ることは無くなったそうです。