九十五夜目『怖い人』
これはNさんが東京都練馬区で体験した話です。
あれは今から10年ほど前、まだ私が中学生だった頃。
中学で仲のよかったAちゃんとBくんと学校帰りに近所の公園で道草をして帰るのが日課になっていた。
他愛もない話をしたり駄菓子を食べたり、何気ない時間が本当に楽しくて、その公園は私たちのオアシスだった。
公園にはブランコが二つあり、そこが私たちの定位置となった。
ある日、いつものように公園に寄ろうとすると、先客がいることに気付いた。
長い黒髪に白いワンピース。透けるような白い肌。
今思えば独特な雰囲気をたたえた女性だった。
ゆっくりとブランコをこぐ膝の上には大きな麦わら帽子が置いてあったのを覚えている。
定位置を奪われてしまった私たちは仕方なく他の遊具の近くでたむろしていた。
しばらくすると突然金切り声が聞こえた。
どうやらブランコに乗っていた女性が電話をしていたようで、電話口の相手に叫んでいたようだ。
「ちょっと怖いねぇ」
「やばい帰った方がいいかなぁ」
と警戒する私とAちゃんをよそに、わりかし好奇心旺盛なBくんは
「大丈夫だよ、ってかいきなり叫んでおもしろくない?」
とどこかこの状況を楽しんでいた。
Bくんの余裕に安心した私たちはまたいつものように時間を過ごし始めた。
調子に乗ったBくんは
「おれ少し様子見てくる」
とその女性にゆっくり近づいて行った。
私たちはやめときなよ!と止めたのだが、Bくんは大丈夫だってと聞かなかった。
叫び声をあげていた女性はブランコの回りを歩くBくんには目もくれず、ゆらゆらとブランコを漕いでいた。
すると、
ガタッ
となにかが落ちた音がして、Bくんが慌ててこちらに走ってきた。
「走れ!!」
必死の形相のBくんに言われるがまま私たちは公園から逃げ帰った。
落ち着いたころBくんに何をみたの?と尋ねると
「…包丁、でっかいやつ」
と一言。
女性は麦わら帽子の下に大きな包丁を忍ばせていたようだ。
「おれが包丁だって気づいたときに、あの人すごい顔でこっち見てたんだ」
Bくんの言葉にわたしたちは身の毛のよだつ思いだった。
私たちは無事に帰宅したが、その後の女性の行方はわからない。
生きている人間の凶行が一番怖いと未だに忘れられない恐怖体験だ。