六十夜目『入ってます』
これはMさんが京都府K市で体験した話です。
某有名洋菓子店へ母とお茶しに行った時の事。
1階は店舗、購入した商品を2階で食べられるカフェスペースが設けられており、母がトイレにたち一人でケーキを食べていた。
Mさんもトイレに行きたくなり、店内を歩いていくと狭く長い廊下の奥に、トイレの扉が見えた。
店の雰囲気とは違い、薄暗く壁が厚いのか有線の音楽も次第に薄れ、少し不気味な空気感に寒気を感じたそうだ。
そんな時トイレから出てきた母の顔は一瞬で青ざめたのが遠くからでも分かった。
「どしたん?お腹痛いん?」
と聞くMさんに母は
「アカンアカンアカン早よ出よ、店出よトイレに入ったらアカン」
小さな声で震えながら必死にMさんを止めてきた。
元々霊感の強い母なので急いで店を出ることにして、帰り道少し落ち着いた母から話を聞いた。
「お母さんトイレしてたらなドアをノックされて、入ってますよって言うたのに何回も何回もノックしはんねん。早く出なな思って手洗ってたら、ドアノブをガガがガガが!って回されて、今出ますからって言うてガタガタまわってるドアノブを握って開けたら誰もおらんくて、遠くにあんたが見えたんや」
Mさんは背筋がゾワッとした。
「でも誰ともすれ違ってへんで、一本道やで」
「ガタガタ回るノブを持ったんやで。同時に開けたんやで。まだ感触も音も鮮明に覚えてる、もう2度といかんとこな、連れていかれるわ」
母は自分の手をつかんで、震えながら言った。
それから2度とそのお店へ行くことはなかったそうだ。