百八十一夜目『地獄のそうべえ』
数年前に古本屋へ行った時の話です。
弟が漫画を大量に売りたいということで、その運搬を手伝う形で行きました。弟は山盛りの漫画本を持ち込んでいて、会計までしばらくかかるとのことでした。
私は、古本屋は利用したことがなかったので、物珍しい店内を一人であちこち見て回っていました。
オカルトの面白い本がないかなと思って、超常現象と分類されている棚を眺めていたとき、背表紙が棚の奥向きになっていて題名のわからない本を見つけ、手に取ってみました。
【落語を楽しもう】
というようなタイトルだったと思います。
文字が大きくてイラストが多かったから、おそらく小学生向けだったんだろうと思います。載っているのは【じゅげむ】や【饅頭こわい】などの有名どころばかりでしたが、添えられている挿絵が面白かったのでペラペラめくっていました。
【地獄のそうべえ】という話のところで、余白に『こわい』と走り書きがありました。
地獄のそうべえというのは、主人公そうべえが同じく地獄行きになった歯医者・医者・山伏とで、鬼に食べられそうになったら歯をひっこぬいたりと、生前の職を活かして切り抜ける話です。
コメディ要素もありましたが、子供心に地獄の業火や鬼達のイラストがとても怖かったのを覚えています。
走り書きを見たときも、前の持ち主だった子供がそういう思いをしたんだろうと思って微笑ましくなりました。
次のページの余白にまた文字が書いてありました。
『困っています。よろしくお願いします』と赤いペンで書かれていて、文中の『じごく』に丸がしてありました。
その下に掠れた黒い文字で『リョウカイ』、すぐ下に『オワリ』、その下に赤ペンで『有難うございます』と書いてありました。
なんだこれ?と思いながらページをめくりましたするとまた『お願いします』と書かれており、文中に丸、そしてその下には『リョウカイ』『オワリ』、赤文字で『感謝致しますお世話になりました』と書かれていました。
他にもやりとりはいくつもありました。赤い文字は、薄かったり蛍光だったり達筆だったりミミズだったり様々でしたが、リョウカイ・オワリの文字だけは、いつも黒文字で掠れていてカクカクしていました。『頼みます』『リョウカイ』『オワリ』『有難うございます』『どうか宜しくお願いします』『リョウカイ』『オワリ』『どうも有難うございました』、いくつかそんな書き込みを見た後、物語が終わる辺りに紙が一枚挟まっているのを見つけました。
拡大したのか、黄みが強い荒い画質で、学ランを着てぎこちなさそうな表情をした少年の写真がありました。その写真が何とも不気味で、そっと本を基の場所に戻しておきました。あの少年の写真は、今でも時々思い出します。