百五十一夜目『蛇の祟り』
これはSさんが岩手県I市で体験した話です。
私が小学2年生の頃のこと。当時築40年以上の借家に住んでいた。
擦り切れた畳の六畳間が3部屋、トイレは汲み取り式、風呂もシャワーはないその平屋は、見るからに「ぼろ家」という風情。
その家の裏には小さな山があり、ムカデをはじめとする様々な虫や、カエルや蛇のような毒々しい生き物がよく家の中に入ってきた。
特に台所の勝手口にたびたび侵入してくる蛇には、よく悲鳴をあげたものだ。
子どもの私は逃げればそれで済むが、母は追い払うのにかなり苦労していたようだった。蛇が入ってこられないよう様々な対策を講じていたが、それでも度々勝手口に蛇は現れ、母は心労を募らせていた。
ある夜、私は奇妙な夢を見た。
天井からたくさんの蜘蛛が糸を引きながらゆっくりと落ちてくる。その蜘蛛たちは床に足をつけると一斉に奥の部屋へと這っていった。
私は導かれるように蜘蛛の後に続き奥の部屋へ向かうと、ふすまの隙間からはぼんやりと明かりが漏れており、誰かいるのかなと思いながらを戸を引いた。
すると、そこにはとぐろを巻いた大蛇が居座っており、のそりとかま首をもたげてこちらを見ていた。思わず叫びそうになったが、口だけがパクパクと動いて声は出ず、体は痺れて動かない。蛇に睨まれた蛙状態だった。
大蛇から目をそらせずにいると、そのとぐろの中心に何かピクピクと動くものがあることに気がついた。目を凝らしてみると、それは母で、大蛇に体中を締め付けられて苦しそうに身をよじっていた。
あっと声が出た瞬間、私は目を覚ました。
あまりの気持ち悪さに居ても立っても居られず、隣で寝ていた母を揺さぶり起こした。
母はハッとしたように目を覚まし、開口一番
「気持ち悪い夢をみた」
と言い出した。
「私も気持ち悪い夢をみた。大蛇がお母さんを締め付けている夢」
と言うと、母は驚いたように
「お母さんも大蛇に殺されそうになる夢をみた」
と言うのだ。
二人で同じ夢をみていたことに気づいた母は、ポツリと
「蛇の祟りかもしれない」
と漏らした。どういう意味かと尋ねると、今まで蛇が勝手口に入ってきても殺さずに追い払っていたが、この間は追い払えず殺してしまったというのだ。
「昔から蛇は殺してはいけない、家の守り神だという言い伝えがあるけど、それは本当なのかもしれないね」
母のその言葉が私の耳に残って、その夜は朝まで寝付けなかったことを覚えている。
翌日、母は台所の勝手口にお酒と塩を置き、手を合わせていた。蛇の供養のためだったのだろう。
それから数年も経たないうちに私たち家族はその借家を引っ越したが、この不思議な出来事は私の記憶の中に残り続けている。