七十七夜目『ボロボロの女の子』
これはSさんが神奈川県Y市で体験した話です。
物心付く前のこと。私は寝付きの悪い子供だった。夜遅くに度々、私が寝ないあまり両親が車でドライブに連れて行ってくれていた。
後ろの座席で緩やかな車の揺れを感じて、前で何気ない話をしている両親を見ると子供の私はいつも、いつの間にか寝てしまうのだ。両親はそれが狙いだったようで、当時の話を聞くと、そう遠くまで走らなくても車に乗ると寝てしまう子供だったので、車は案外近場を走っていたそうだ。
物心付く前のことなので、夜のドライブの詳細は覚えていない。でも1つだけ、明確に覚えていることがある。
ある時、コンビニの前を車が通り掛かると女の子が地べたで膝を抱えていたのが見えた。何故覚えているかというと、幼い私から見ても彼女は普通の様子では無かったからだ。俯いて顔は見えなかったが白い寝巻きを着ていて、その寝巻きもボロボロだった。
服だけではなく、女の子自身も。車で通っただけなので見たのはほんの少しの間。でも、「大丈夫かな…」と単純に心配な気持ちになったことを覚えている。
数日後の夜、また女の子が同じ場所に居た。また同じボロボロの格好で。しかし今度は立っていた。その時気付いたのだが、女の子は靴を履いていなかった。
「またいた、女の子が」
私は度々「何かいる」だの、「〇〇を見た」だのと言って怖がる子供だったので
「あら、本当?」
両親は話半分に聞いていたようで、適当な返事をした。それから、何度もコンビニの前で女の子を見た。その度に「またいた」「今日もいた」と思っていたのだが、どうせ信じてもらえないので前の座席に座る両親には言わなかった。
そのコンビニの隣に、大きな建物が建っていて、子供が好きなアニメの像が二つ並んで置かれていた。そのキャラクターは国民的アニメの主人公の戦うアンパンと、紫の悪役の2人。
その為、そのキャラクターがいる隣のコンビニ、として幼いながらにしっかり記憶していた。しかし子供なので道のりは覚えていない。一度だけそのコンビニの隣の建物の前に女の子が立っていたことがあった。
「今日はこっちにいる…」そう思ったのだが、それからいつの間にか女の子を見なくなった。
次第に女の子のことを忘れてしまっていた。子供なんてそんなものだ。
数年後、小学校高学年になった頃にちょっとした用事で、夜に両親と出掛けた時にそのコンビニの前を車で通ったらまた女の子がいたのだ。そこで急に思い出したあの時の事を思い出した。いつもいた女の子のことを。
その時、半分独り言の様に呟いた。
「久しぶりに女の子がいた…」
両親は何のことやらで、説明すると「そんな子居たんだ」とあっさり言われた。
「いつもこのコンビニの前に夜は女の子がいた。久しぶりに見た。…虐待されてたりするのかな」
「なんで?」
「ボロボロで、靴も履いてない。1人でいる」
「…今度見たら教えて?」
「わかった」
女の子の存在を、私が見たことを両親が初めて信じてくれた時だった。
それなのに、両親が私を信じてくれてからそのコンビニの前を通っても女の子を一度も見なくなってしまった。
あの頃、何故不思議に思わなかったのかが不思議なのだが、女の子は私が小さい時に見た時から何も変わっていなかった。
身長も、何も。
それなのに、「久しぶりに見た」としか「大丈夫なのかな」としか思わなかった。
さらにどれくらい時間が経ったかは覚えていない。でも久しぶりに見たのは、大分私の身体が大きくなってから。それから暫くして、昼間に車で出掛けていた時にあのキャラクターの建物が、全然遠くない場所にある事を知った。車で15分程度の近場。
それも、両親によると
「何度も昼間もしょっちゅう通ってるよ」
と言われたが全く気づかなかった。
キャラクターの建物の方ではない、コンビニの反対の方のスイミングスクールはいつも目に入っていたのに、何故かその建物は気付けなかった。そののスイミングスクールは何なら体験で一度行ったことがある。本当に隣の隣にあったのに、何故か気付かなかった。
明るい時間帯に行って、やっとそのパンのヒーローの像がある建物がなんなのか分かった。病院、パンのヒーローを使うくらいなので、小児科だった。
本当に虐待されていた子供だったのか、違うのかは不明だが、『違った』方だったのではと思っている。